医者は幾つになっても、「初体験をする」ということがある。よく診る病気でも、珍しい症状や経過の患者さんはいるものだ。

67歳のY子さん。昨日の夜、何もしないのに、急に左の後ろ頭が痛くなった。初めてのことだ。が、薬を飲むほど強くない。そのうち、左の手足に力が入らないような気がする。朝になっても、フラフラして歩きにくいままだと言う。

左の手足に運動麻痺はないが、小脳症状といって手足をうまく動かすことができない。手で鼻をつまもうとしても、耳の方へずれてしまったりする。で、MRI(磁気共鳴画像)の検査だ。なんと、左の小脳に脳梗塞が見えるではないか。

想定外である。いきなり頭痛がして、手足の動きが不自由になったと聞けば、医者はまず、「さては、脳出血でも?」と考えるものだ。出血によって脳圧が高くなり、頭痛は起きやすくなる。一方、脳梗塞では脳圧が上がることは少なく、頭痛は起きないものという医学的常識がある。報告者により異なるが、頭痛を伴う脳梗塞は15%から30%程度であろうか。頭痛の程度は軽いものが多く、起きても1週間は続かないようである。

ところで、ワッシーが年甲斐もなく興奮したのは、Yさんの頭痛が脳梗塞の症状が出る前に始まっていたことである。「勘違いということはないか?」と何度も聞き質したので、頭痛の先行に間違いはない。文献で調べてみると、確かに、脳梗塞の前に頭痛が起きることは稀だがある。一過性脳虚血発作でも、約20%に頭痛が見られたという報告もあるというのだ。

その発生のメカニズムには、諸説がある。が、皆さんには、理屈なんかどうでもよいか。頭痛は軽くても、いや、なくても。経験したことのない脳の症状が出れば、「急を要する病気」ということは忘れないでおこう。

(石黒修三=いしぐろクリニック・脳神経外科医:9/5北國新聞掲載)