医者は、年を取るほどに経験を積んで物知りになりそうなものだ。が、知るほどに、分からないことも増える。

30歳のU子さん。月に1、2度、拍動性の頭痛に襲われ、動くと痛みがひどくなって寝込む。で、すぐに片頭痛の薬を飲んで、症状をなんとか抑え込んできた。「センセ。片頭痛は、頭の痛いところを冷やすと良いそうね」と同意を迫ってくる。が、さて医者たるもの、「はい、そうですね」と答えるには些かの抵抗がある。

冷却をよしとするワケとは?片頭痛は、脳の血管が拡張するから起きる。冷やせば血管は収縮するから痛みが軽くなるだろうというものか。最近の三叉神経血管説からも、ある種の神経伝達物質によって起こされた血管拡張や神経原性炎症が、患部を冷却することで抑えられるではないかと推定はできる。だが、それを裏付ける証拠はない。

そのうえ、片頭痛は脳の血管が拡張するから起きるというのも事実かどうか分からない。片頭痛が起きている最中の患者さんをMRA(磁気共鳴血管画像)で調べてみたが、血管拡張はみられなかったという文献もある。だいたいが、痛みの原因になる頭の血管というのは、具体的にどの血管を指すのだろうか?それが、こめかみで拍動する皮膚の動脈なら冷却効果は期待できる。だが、頭蓋内の硬膜や脳表の血管となると、皮膚と頭蓋骨の下にあるのだから、皮膚上の冷却が本当に有効かどうか怪しい。

ところで、片頭痛の患者さんの多くは、また緊張型頭痛も持っているとされる。緊張型頭痛では、硬くなった筋肉を温めて血行を良くすることが勧められる。むやみに頭を冷やしては逆効果、という患者さんもいるのだ。で、U子さんには、「冷やして気持ちが良いならね」と答えるしかあるまい。ウーム。

(石黒修三=いしぐろクリニック・脳神経外科医:10/3北國新聞掲載)