時には、「歳のせいで仕方がない」と観念することも必要である。だが、端から「治らぬもの」と諦めてしまうのはいただけない。
85歳のKさん。だいぶ前から、歩行中にふらつくような感じがしていた。目が回るのではない。が、この頃、そのふらつきが強くなったようでこわい。「頭の病気のせいではないか?」と訴える。
確かに、閉眼して立ってもらうとバランスが悪く、ふらつく。筋力低下も明らかで、片足で立てない。立ったままでは、ズボンも履けないという。だが、頭のMRI(磁気共鳴画像)の検査をしても、年齢相応の脳萎縮がみられるだけである。ふらつきは発作的なものではなく、少しずつ進行した平衡障害である。原因は、加齢によるものであろう。
80歳以上になると、半数以上の人がめまい感やふらつきを自覚するようになるという。加齢により、三半規管や、脳や脊髄のバランス機能も低下してくる。視力低下に伴う脳の情報不足も関係する。しかも、これらには有効な治療法はない。
その上、足腰の変化も、バランスや歩行の障害に大きく関係する。もともと、加齢とともに筋力は低下している。ふらつくからと歩かなければ、さらに足腰の筋力は落ちる。落ちれば余計にふらつく。まして、あのコロナ騒動での外出制限や今年の夏の異常な暑さで安静を強いられた影響は大きい。足腰が弱くなった高齢者が増え、同時にふらつきを訴える人が多くなったように思える。
で、「しっかり歩いて足腰を鍛えよう」と言うと、「膝が痛くなる」、「腰が痛い」、「転ぶのが怖くて歩けない」などと返される。一度楽を覚えたら、なかなか元には戻せないのだ。そこで、医者もつい「頑張らないと寝たきりになる」などと脅かしたりする。お互いに、知恵のないことである。
(石黒修三=いしぐろクリニック・脳神経外科医:11/14北國新聞掲載)