医学の進歩や医療施設の整備によって、我々は多くの恩恵を受けている。利用できない立場になってみると、そのありがたみがよく分かる。
それは、もう10年以上前になる。モンゴルでの乗馬ツアーに参加した時のことだった。数㌔近く全力疾走で目的地に着いた。が、あれっ、仲間のA子さんがいないではないか。なんと、途中落馬して頭を打ち、意識を失って地面に横たわっていたのだ。
診た時には、意識は回復し、脳神経の症状はない。A子さんは、「大丈夫。なんともない」と、気丈に振る舞う。で、医者といっても、できることは、「ただの脳震盪で済んでくれ」と、神様にお願いをすることくらいだ。CT(コンピューター断層撮影)などの検査ができる病院は、はるか遠くである。いざとなっても、救急車も頼めない。ガイドは、どこまでも頼りない。
そして、2、3日後。帰国したA子さんの頭のMRI(磁気共鳴画像)の検査をして、ワッシーは改めて肝を冷やすことになる。小さいとはいえ、間違いなく急性硬膜下血腫がみられるではないか。もしも馬に乗るしかない帰り道で、A子さんが再度落馬でもしていたら、セカンドインパクト症候群を起こしていたかもしれないのだ。硬膜下血腫がひどくなり、脳は腫れ上がる。死亡率は30~50%と高く、生き残っても重い後遺症が出てしまうという。
セカンドインパクト症候群は、頭部外傷を起こしやすい柔道やラグビーなどのコンタクトスポーツに多い。1回目の受傷から十分な観察期間を経ずに競技に復帰した場合に起きやすい。というのに、「何を大袈裟な。俺は脳震盪を起こしてもすぐに試合に復帰した」などと強がっている若者がいる。なんともなかったのは、ただ運が良かっただけかもしれないのに。あー、あ。
(いしぐろ脳神経・整形外科クリニック、脳神経外科医・石黒修三:2/27北國新聞掲載)