医者を長くやってきて、つくづく思うのである。治せない病気や病状のなんと多いことか、と。
85歳のMさん。9年前に軽い脳梗塞を患ったが、今はその時の症状はない。だが、2、3年前から、体がふらつくようになった。めまいではなく、フラフラして何かの拍子に転びそうになるのだと言う。
診察をすると、確かに平衡障害がみられる。目を閉じて立つと、体が揺れて倒れそうになる。片足では立てない。握力は、右が20、左18と低下している。脳の局所症状はない。が、念のために、新たな脳梗塞や脳腫瘍を疑って、頭のMRI(磁気共鳴画像)の検査をする。小脳や脳幹に異常はなく、右の前頭葉に脳梗塞の古傷がみられるだけである。
Mさんは、耳鼻科の検査でも異常はない。血圧の薬や睡眠薬も服用していないから、薬の副作用も考えられない。となれば、ふらつきの原因は、高齢者に一番多い加齢による平衡感覚の低下や筋力低下によるものではなかろうか。
最近、Mさんのようなふらつきを訴える患者さんが増えたように思える。加齢そのものが急に進むワケがないから、ことに足腰の筋力低下と関係があるのではなかろうか。そして、その大元として、あのコロナ禍やこの夏の連日の暑さによる外出自粛は否定できない。外出しない。歩かない。体を動かさない。テレビの前のうたた寝が日課であれば、元々の加齢による筋力低下は止めを知らないであろう。
顔を見せる度に、「センセ。体がふらつく。なんとかならないものかね」と繰り返すMさん。医者は、リハビリだけでなく、自分でも散歩やスクワット、ストレッチなどを根気よく続けるように話すが、馬耳東風だ。まさか、「このふらつきも、医者に治してもらえる病気」と思っているからではなかろうが。
(いしぐろ脳神経・整形外科クリニック・脳神経外科・石黒修三:9/25北國新聞掲載)