「ちょっと頭をぶつけたくらいで、大袈裟な」と、顔をしかめている。老医にとって、怖いもの知らずの若い人は苦手である。
20歳のK君。彼女と一緒にスノーボードに行き、転倒して後頭部を打った。何をしていたか記憶がないと言うから、「逆行性健忘」があったということになる。受傷から1週間以上経つが、「時々頭が痛くなり、イライラしてよく眠れないようだ」と、彼女が説明する。
K君の意識は清明で、脳神経の症状はない。頭のMRI(磁気共鳴画像)の検査でも異常はない。健忘、頭痛や不眠などは、脳震盪による症状だ。衝撃で脳が揺さぶられ起きたものだが、通常、脳のキズは見付からない。で、受傷後数日も経っていれば症状はなくなっているものだ。それがまだ続いているとなれば、「脳震盪後症候群」を疑わねばならない。脳の機能障害が長く続くもので、中には数カ月から稀には数年以上も治癒しないものもあるという。
おっと、何を考えているのか、K君はやおらスマホを取り出して、何かを検索し始めた様子である。止めなさい。脳震盪や脳震盪後症候群の治療の原則は、まずは安静である。ことに、脳の刺激になるスマホやゲーム、テレビや読書なども、少なくとも脳震盪の症状が続く間は控えるべきなのである。
それより驚いたのは、K君の帰り際の質問。「今度の日曜日。また、スノボへ行っても良いか?」には絶句した。また転んで頭を打ったらどうする?脳震盪は、治癒しないうちに繰り返し頭を打つことで、また起きやすくなる。そして、脳震盪を繰り返す人は、後に、認知症、パーキンソン病やうつ病のリスクが高いという。
スノボは勿論、スマホもダメと、何度言ってもK君には馬の耳に念仏か。彼女は、少しはマシそうだが、どうなることやら。
(いしぐろ脳神経・整形外科クリニック・脳神経外科・石黒修三:3/7北國新聞掲載)