人は、立場によっては、真逆のことを考える。例えば、患者さんは、自分の症状を軽い病気のせいにしたがる。が、医者は、まず最悪の病気を疑ってかかる。

73歳のA子さん。1年前から、右のまぶたが急に下がったのに気付いている。時には、右眼がまぶしいと感じたり、ものが二重に見える複視もあったらしい。だが、スマホで調べると、まぶたが下がる「眼瞼下垂」の原因は、加齢によることが多いとある。で、長く放置していた。

だが、医者なら、そうと話を聞いただけで、まずは、ひょっとして「脳神経の病気か?」と思うものだ。診ると、右の眼瞼だけが下がっている。加齢による眼瞼下垂なら、両側にみられるはずである。しかも、右眼の瞳孔が左に比べてやや大きい。これを瞳孔散大という。片側の眼瞼下垂に瞳孔散大を伴うものとくれば、動眼神経麻痺か。脳外科医者なら、まずは、脳動脈瘤(血管のコブ)を原因として疑う。しかも、すぐにでも破れてくも膜下出血を起こしそうな怖いコブを想定するものだ。

すぐに、MRA (磁気共鳴血管画像)で調べてみると、約5ミリ大の凹凸した内頚動脈のコブが動眼神経に向けて膨れているではないか。コブによる動眼神経の圧迫や損傷によって、片側の眼瞼下垂、瞳孔散大や眼球運動障害による複視などがみられるのだ。

さて、Aさんは、なぜ、眼瞼下垂という重大な症状を長く放置していたのだろうか。ひとつには、スマホが関係している。スマホで検索してみると、加齢による眼瞼下垂の記載がほとんどを占める。これでは、眼瞼下垂のいくつもある原因に思い至るのは困難であろう。なにによらず、経験したことのない症状が出たら、スマホなどで安易に結論を出さないこと。気楽に?医者と相談したほうがよいようで。

(石黒修三=いしぐろクリニック・脳神経外科医:9/19北國新聞掲載)