認知症によるもの忘れの症状は、多くはいつの間にか始まるものである。それが、もし急に始まったり、あっという間に進行したりするようならタイヘンだ。
80歳のSさん。家族に連れられて来院した。「ここ1週間くらい前から、時々ボーとしている。同じ話を何度もするし、トンチンカンなことをする。認知症になったのでは?」というのである。もの忘れのテストをしてみると、確かに、記銘力低下(新しいことを記憶する能力)がみられる。
すぐに頭のMRI(磁気共鳴画像)の検査をする。と、予想通り、両側の大脳表面に、厚さが2、3㌢もある慢性硬膜下血腫が見付かったではないか。海馬の萎縮は年齢相応にあるが、他に脳の異常はみられない。よく話を聞くと、1カ月以上前に、転んで頭をぶつけたことがあるという。
もの忘れの病気で、一般の人がまず思い浮かぶものといえば、アルツハイマー型認知症であろう。病気がいつ頃始まったかはっきりせず、進行もゆっくりで年単位というのが特徴である。Sさんのように1週間ほどで悪くなったというのは、アルツハイマー型認知症では考えにくい経過である。頭をぶつけ、少しずつ大きくなってきた血腫に脳が圧迫されて認知機能が低下したものか、または、軽い意識障害が認知症の症状と間違えられたものであろう。
もちろん、認知症の中には、「急性進行性認知症」といって、週単位や、時には日単位に認知症が進行する病気もある。致命的な経過を取りやすい。が、同じく、急に認知症様の症状が現れることもある慢性硬膜下血腫や水頭症などは、早期に治療すれば、治るものも少なくないのだ。「年を取れば、しかたがない。うちの爺ちゃんも、ついに始まったか」などと、のんきに構えていると痛い目にあうことになる。
(いしぐろ脳神経・整形外科クリニック、脳神経外科医・石黒修三:1/16北國新聞掲載)